トップページ>>ハピ☆スタON/OFF>>[DH] 西尾歯科 チーフ衛生士 下川床 里美さん


●関西歯科衛生士学校
卒業
●勤続年数 6年目

OFF

西尾歯科 チーフ衛生士 下川床 里美さん

西尾歯科 チーフ衛生士 下川床 里美さん

>> 西尾歯科


−どうして歯科衛生士になろうと思ったのか?
私が高校生だった頃、姉2人はOLでした。
商業高校に通っていた私は、漠然と事務の仕事につこうと考えていました。
高校3年の進路決めの際、『本当に事務の仕事でいいのだろうか?』と、OLをしている姉2人を日々見ていた私は疑問を感じてしまいました。
姉たちは、お稽古事や遊びなどプライベートは充実していましたが、OLの仕事は楽しそうではなかったからです。
姉たちは、『はぁ〜しんど、疲れた〜』とばかり言っていました。
その時、ただ"しんど・疲れた"というだけのOLの仕事はしたくないと、強く感じたのを覚えています。
そして、"一生できる仕事""自分の手に技術を身につけたい"と専門職を考えました。
医療系で国家資格の看護師と歯科衛生士どちらの道を選ぶか迷いました。
暗闇やおばけを極端に恐れていた私は、夜勤のある看護師の道をあさっりあきらめ歯科衛生士の道を選んだというわけです。
両親は高校卒業後は就職するものと思っており、歯科衛生士がどんな職業かも知りませんでした。
ですから、歯科衛生士への進路変更は猛反対されました。
歯科衛生士専門学校では、学費もかかります。
しかし、私の意志は固まっていました。『学費はアルバイトでまかなうから』という必死の説得に両親も折れ、『アルバイトなんかせず、ちゃんと勉強しなさい学費は出すから』と言ってくれました。
両親には今でも感謝しています。
私は、初めて自分の意志で自分の将来進みたい"歯科衛生士としての道のり"を決めることができたのでした。
子供の頃から、体は健康で病院に行くことは少なかったのですが、虫歯はたくさんありました。
歯医者さんに、低学年の時から怖がりもせず1人で平気で治療に通っていました。
先生・お姉さん(受付・歯科衛生士・歯科助手)がやさしかったんですね。
そんな事もあり、歯科医院のほうが私には身近だったのでしょう。
この事も、私が歯科衛生士になろうと思ったきかっけになっていると感じています。

−今の仕事にやりがいを感じていますか?
歯科衛生士という仕事は、患者様と一生お付き合いのできる職種だと感じています。
勉強してきた知識・技術そして経験を元に患者様の口腔内を"治す"ことができる。すなわち、自分のした事が自分に返ってくる!
その結果が、目で確認できるとても"やりがい"のある仕事だと思います。
そして"治す"だけでなく、患者様の良い口腔内を→"護る"という責任ある仕事だとも感じています。
また、チーフという立場からマネージメントにも力を注いでいます。
チームメンバーをサポートし、成長した姿をみるのがとっても嬉しく楽しいことのひとつです。

−そのようなやりがいをかんじられるようになったきっかけはなにかありましたか?
以前勤務していた小室歯科で、2年目になって担当患者様を持ちメインテナンスを長期にわたり診させていただけました。
最初の頃は、コミュニケーション・応対などが出来ていなかったと思います。
特に、男性で40歳以上の患者様が苦手でした。
当時は、今よりも勉強不足だったので、患者様を不安にさせてしまったことも多かったのではと感じます。
ですが、何とか伝えようと努力したことで、徐々に患者様との信頼関係が築けるようになっていきました。
この時に、プラークコントロール・スケーリング・SRP後の経過を写真に撮っていくと歯ぐきの改善があきらかに確認できました。
その写真を見ながら、患者様と一緒に喜びあえることが、嬉しいことのひとつになっていました。
このような事が、歯科衛生士を続けていく原動力、やりがいになりました。
ただ、方向性としては漠然としていました。
そして、西尾歯科に勤務したことが、私にとって大きな転機になったと感じています。
マナーの大森 和子先生・経営戦略研究所の岩渕 龍正先生の出会いで、西尾先生が変わり私自身も変わり、そして西尾歯科が変わっていきました。
西尾歯科での素晴らしい先生方との出会いの末、今の私のメンターであるフリーランスの上間 京子先生に出会ったことが、それまで漠然としていた"歯科衛生士としてのやりがい・方向性"を改めて、考える機会を与えて下さったことが今の歯科衛生士としてのやりがいに影響しています。

スタッフ教育として、西尾歯科のマニュアル作りをしました。
正直なところ最初は、やらされ感があったのですが、みるみる〜出来上がっていくマニュアルをみていると嬉しくなりました。
自分の中で何かが変わっていました。いつのまにか、『完成度の高いマニュアルを作って西尾歯科のスタッフ教育に貢献したい』という想いが強くなっていました。
今、思うとマニュアル作りを転機に医院のために、どうしたら医院が良い方向に行くのかを考えるきっかけになったと感じています。

−マニュアル作りを通しての成長のプロセス詳しくお話しをお聞かせ下さい。
本当にマニュアルを作ることができるのか?しかも期限付き。
ものすごいプレシャーでした。
「私には、無理できない・そんな能力ないよ。誰か助けて〜」
逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
ですから、家に持って帰るどころか、期限付きにも、かかわらずなかなかマニュアル作りを始められませんでした。

−やらされ感の時の、下川床さんの気持ち、先生に対する態度をお聞かせ下さい。
2〜3週間は、「私には無理!」 「どうやって作ったらいいかわからない」 「イメージがわかない」など、後ろ向きなことばかり考えていました。
チーフという立場だから、しょうがない・仕方がないとあきらめた感じでした。
西尾先生に対する態度は、積極的にコミュニケーションを図っていなかったように思います。

−マニュアル作りにかかった時間
 作成期間 2〜3ヶ月
 時間・・・100時間ぐらいでしょうか?

−マニュアル作りを通して、医院を見詰めなおすことが出来たと思うので、その時、感じたこと。
私は、マニュアル作成の為に休日を利用して診療所で作成しました。なぜか自宅では集中できないのです。
自分のシフトの休みの日に医院に出て来て、診療は通常通りしているなか、スタッフルームで1人コツコツとマニュアル作成をしていました。
そうすると、西尾院長先生・スタッフもちろんパートの皆が「えらいね、すごいね、がんばるね、よくやるね、わかりやすい、みやすい、きれい」など、いつも励ましや・ねぎらい・お褒めの言葉を私に投げかけてくれていました。
その時の私にとって、何よりも勇気のでる魔法の言葉でした。
私は、マニュアル作りを通して、メンバーからの温かい応援メッセージをたくさんもらいました。
本当に嬉しかったです。
西尾院長先生・メンバーから、与えられているだけじゃなくお返ししなければという想いが、私の中に生まれたのです。
そして、このようなマニュアルが出来たのではないでしょうか。

−目標達成した時(マニュアルが完成した時の自分の気持ち)は、どんなかんじでしたか?
正直なとこを、"ほっ"とした気持ちが強かったです。
目の前のことを、一生懸命にやって乗り越えた充実感がありました。

−マニュアルがどの位完成した時から、気持ちの変化があったのでしょう?
マニュアル作りの中で気持ちの変化があったというよりは、一番大きな気持ちの変化は作り始める前に起こりました。
マニュアルを作ることになってから2〜3週間は、"できない理由"ばかりを考えて手をつけていませんでした。
そんな時、ヨリタ歯科クリニックさんに西尾院長・山本副院長と3人で医院見学に行きました。
偶然に岩渕先生がいらしゃる日でした。
ミーティングにも、参加させていただきスタッフの皆さんの一体感に鳥肌がたったのを覚えています。
私は、幸運に吹田先生・寺田さん(元勤務先小室歯科・先輩衛生士)・岩渕先生の個人面談に同席させていただきました。
吹田先生と寺田さんとの深い信頼関係にも感動しました。
寺田さんの仕事に対する真面目な姿勢とチームメンバーのことを思う気持ちに気付かされました。
今、私が抱えている問題がちっぽけなことに気付きました。
私は、果たして西尾歯科のために何か意味のある・残せる仕事をしてきたのだろうか?
本当に今までチームメンバーの成長を手助けできていたのどろうか?と考えました。
答えは、NOでした。
ヨリタ歯科クリニックさんのプラスのパワーに触れた私は、どんどん前向きに考えが変わっていきました。
最高のマニュアルを作りたい!!という想いに変わっていました。
そして、最高の状態でマニュアル作りをスタートすることができたのです。

−マニュアルを作る前と、完成してからのご自分の視点の話
時間というものは、使い方次第でとても大きな財産になると思いました。
苦手な事をするのは、辛くて・しんどい時間です。ですが、その壁を乗り越えたらお金では買えない貴重な体験が待っている。自分の望む結果あるいは、それ以上の結果を得ることができるのだと感じました。
もし私が、マニュアル作りを嫌々・マイナスな事ばかりを考えて作っていたら、まったく今と違う結果になっているでしょう。
前向きに生きることは、時間を上手に使えたり・大きな学びがあったり・心が豊かなになったり・成長したりと、自分を変える方法だと感じました。

−他のスタッフとの人間関係、信頼関係を作るうえで取り組んできたこと、今もやっていることはどんなことですか?
正社員・パートのスタッフの方にも感謝の気持ちを言葉にして伝えるようにコミュニケーションを大切にしています。
笑顔・挨拶・アイコンタクトを心がけ元気な自分でいるようにしています。
そして、感謝の気持ちを言葉だけでなく形にして、クリスマスや誕生日にサプライズ企画をしたりしています。

−移動中の地下鉄の電車の中で、時間を有効に使い、様々な取り組みをしていますが、いつから、このようなことをやるようになったのですか?
きっかけは、なにかあったのでしょうか?
はじめからこのような取り組みをしていた訳ではないと思うのでうが、以前は、移動は、どのように過ごしていたのですか?

きっかけは、岩渕 龍正先生です。
以前は、電車の中でやっていた事といえばメールをする・寝る・シフト決めをする・休日の予定を考えるぐらいでした。
岩渕先生は、本を読む価値を教えてくださいました。
本を読む習慣がまったくなかった私が、今では読書が趣味になっています。
i-Podで対談CDや講演CDを聴きだしたのは、2006年 岩渕先生のセミナー中で勉強するひとつの手法として教えて頂いてi-Podを購入しました。
"指の輪"トレーニング・年間目標の確認・トレーニングノートの記入・やる事メモのチェックなどは、ルーティーンなので自分で考え習慣になりやすい時間を選び継続しています。
幸運なことに私の場合、自宅から職場までの通勤時間が長いので時間を有効的に使えていると感じています。

ある1日のスケジュール

6:30

起床
自分専用のミネラルウォーターをガブガブ飲みます
熱めのシャワーを浴びる
朝食 果物かパン
食材があれば、お弁当作りをします
メイクをしながら、めざましテレビをみています


8:06

地下鉄に乗車
移動中に"指の輪"トレーニング・i-Podにて、対談CDや講演会のDVDを聴いたりします
メールチェック・対応・手帳に貼ってある年間目標を確認
トレーニングノートに前日のトレーニング内容を記入
やる事メモのチェック
ブログの投稿下書き・読書・シフト決め等、いろんなことをしています


9:15

地下鉄→JR→バスを乗り継ぎ、西尾歯科に到着 出勤
身支度を整えながら、メンバーからの報告・連絡事項の確認


9:30

医院見学の方の対応(2医院)・事務的な業務
西尾院長先生との打ち合わせ


9:50

朝礼


10:00

午前診療開始


11:00

西尾歯科で使用している資料を、見学者の方にご説明(1医院)


12:00

見学者の方からの質問 対応


12:15

西尾歯科で使用している資料を、見学者の方にご説明(1医院)


13:15

見学者の方からの質問 対応


13:30

記念写真撮影後、西尾院長先生・見学者の皆さんと昼食へ


14:15

見学者の皆さんをお見送り


14:45

休憩終了後、午後から出勤メンバーへの業務の報告・連絡事項確認・新人スタッフ 日報チェック


15:00

午後診療開始
アシスタント業務・衛生士業務


20:30

診療終了→終礼


20:50

スタッフ・ミーティング ハピ☆スタ通信を読んだ感想をひとりひとり発表、その後年間目標の具体的行動目標 20項目の達成できた項目と達成できなかった項目の発表をし、出来なかった項目についてはメンバー皆で話し合い、達成できるようにサポートする仕組みを考えていきます。


22:45

退社
移動中メールチェック・対応・ブログ投稿下書き・読書
やる事メモのチェック


24:10

帰宅・夕食
ジェームス・スキナー先生,神田 正典先生,道幸 武久先生の対談CDを音楽の代わりに流しています
リラクッスタイム(アロマを焚いたりします)


24:30

シャープニング トレーニングorマイ・マネキンでインストゥルメンテーションのトレーニング
歯科衛生士・デンタルハイジーン等を読みます


25:10

就寝




名刺入れ、トレーニングノート、スケジュール帳、フラッシュメモリー、iPod、ボールペン(ティファニー)

仕事でいつも持ち歩いているもの
ZOOM 名刺入れ、トレーニングノート、スケジュール帳、
フラッシュメモリー、iPod、ボールペン(ティファニー)