トップページ>>ハピ☆スタON/OFF>>[DH] ヤガサキ歯科医院 主任歯科衛生士 上原 博美さん


●勤続年数 10年目
●アポロ歯科衛生士
専門学校卒業

OFF

上原 博美さん

上原 博美さん

院長からの推薦文
ヤガサキ歯科医院が誇るスーパー衛生士です。僕は彼女ほどプロ意識をもって仕事に臨み、努力をし、結果の出せる衛生士は、全国でもそういないと思います。そんな人と一緒に仕事ができて光栄です。衛生士の仕事の楽しさを、どんどん広めていってもらいたいと思います。
>> ヤガサキ歯科医院


−上原さんの生い立ちを教えて下さい
〜私が世の中でもっとも尊敬しているのは自分の母です〜

プロ意識を強く持ちながら、仕事と家庭をみごとにこなす看護士の母をみながら、育てられました。
総合病院の婦長でありながら、付属看護学校の教育へも携わり、仕事をバリバリこなしながらも、家庭も大切にし、仕事、家事、近所付き合い、親戚付き合い、どれも完璧にこなす母、今思うと真似したくても、私には真似できないと思ってしまう程です。
看護士というハードな仕事をしながらも、決して家事に手抜きもしませんでした。先ずは家族の健康を第一に考え、食事は、もちろん手作り、栄養バランスを考え、テーブルに並びきれない品々、おやつも手作りしてくださっていました。
母は、家族を思う気持ちと同様、患者様を思う気持ちも、とても強かったように思います。総合病院の内科病棟勤務だったため、重症な患者様を多くみていたようでしたので、私が熱を出したくらいでは、いくら小学生の子供であっても、近所の伯母に頼んで、寝かせて、仕事に行ってしまうこともしばしば。当時は、寂しい気持ちで母の気持ちを理解することができず、私は「大人になったら、仕事はしない!」と思っていましたが、
今になって、その時、「母はどんな気持ちで、仕事に行ったのか」胸が痛いほど、理解できるようになりました。
自分の子供が苦しんでいるのに、患者様をみながら、自分の子を見てあげられないということが、どんなに悲しかったか、悔しかったか・・。

そんな母は、持病もあり、ここ何年も自分の病とも闘っている毎日ですが、そんな母に、ある朝「救急車を呼んで!」とうめきながら、起こされた事がありました。そんな時でも、「お母さんは救急車で病院にいくから、あなたは仕事にいきなさい!」というのです。
私は、母に言われるとおり、母を救急車にのせて、私は歯科医院に向かい、自分の患者をみましたが、どんなに辛いことだったか・・。
母はこんな思いで看護士をしながら私たちを育ててくださったのだなと、自分がこの仕事をし、子供の頃の母の気持ちをようやく理解すること、感じることができました。
母のプロ意識が、こうして自分にも伝播し、生まれてきたのだと思います。
自分が選んだ仕事は自分で責任を持つ!ということも思い知らされました。

 このように、私の衛生士としての、プロ意識は、母が育ててくださったのだと思います。
衛生士になって、自己都合で、急に欠勤したことは、母が入退院をくり返していた中でも、15年間、1度も、ありません。
自分が、熱を出しても、それは自分の健康管理不足、小学生のときから、そう教えられてきました。風邪をひいたら、子供のときでも、先ずは怒られました。
「ご飯ちゃんと食べないからでしょ・夜遅くまでお外で遊んでいるからでしょ」
自分で出来る健康管理くらいは自分でしなさい!というのが母の教えでした。
なので、体調を崩す事は今もめったにありませんが、そうなった時でも、それは自分の管理不足と深く反省し、疲労から40度近く熱を出しても解熱剤を飲んで出勤する私です(もちろんみんなには心配かけぬよう内緒で・・(^。^)

〜高校時代〜
体育以外の授業は、勉強大嫌いで、授業中は、友達とおしゃべりしたり、先生の授業を妨げようと先生にイタズラをしたり、決して良い生徒ではありませんでした。女子高で、1クラス女子50名、3年間同じクラスメートで、大の仲良しクラスでした。正義感、仲間意識が強く、曲がったこと、間違ったことが許せない私は、クラスの仲間を守るために、考えの間違っている、先生に対し、反発することで、成績を下げられ、この頃から、どちらかというと、損するタイプ・・というか、正直すぎて、要領の悪いタイプでした。

個性重視の専門高校で、土曜日は課外授業ということで、土は自分が社会を勉強するための休みがありました。
私は、土日をつかって、セブンイレブンでのアルバイトと
母が、その当時は総合病院を退職し、訪問看護をはじめていたので、一緒に訪問看護に付き添わせていただいて母の仕事ぶりをみせていただいていました。

平日は、学校から帰ったら、働いている母より、先に帰る私は家事をし、土日は、アルバイト、で勉強する時間もない高校時代でした。

義務教育が終わり、高校になってからは、親に世話をかけてはいけないという自分の思いから、お小遣いも、いただかず、あまりにも勉強しなかったため、衛生士学校受験の為にいかなければならなくなった予備校代も、すべて、3年間アルバイトしたバイト代から払っていました。
親にも甘えることはあまりなく、今思うと、甘えを知らずに育った子だったなと思います。

 バイト先のセブンイレブンでは、いつも怒られてばかりで、土日がくるのが苦痛でしたが、この時、教育担当をしていた義理の兄には、根性から鍛えていただきました。
バイト先でだけでなく、初めてのスキーで、頂上に連れられ、「1人で降りて来い!」と度胸、根性をつけさせられたりと、初めて社会に出た私に、厳しい社会で行き抜く為の精神的な強さも鍛えていただきました。今、自分がもっている、根性度胸、自分、他人への厳しさ、は、きっとそこからきているのではないかと思います。
アルバイトのない祝日には、認知症のかたの訪問看護をしていた母に付き添わせていただき、看護ぶりを一緒にみせていただいたり、手伝ったりしておりました。
母は、この頃から、持病が発症し、体調を崩しはじめていたのですが、自分がどんな状態でも、自分の体より、患者さんを大切に思うボランティア精神旺盛で、あたたかい心を持つ母をみて、自分にも、患者さんを思う気持ち、守りたい気持ち、
人のためになりたい、困っている方を助けたいという感情が生まれてきたのかなと思います。
そうして、衛生士への進学をきめたのですが、
好奇心旺盛な私は、将来の夢がたくさんありすぎて衛生士の道を選ぶにあたって、直前まで迷いました。

〜選択〜衛生士の道へ
高校がデザイン系の高校だったため、自分の特技、趣味を生かしてデザイン、インテリア系の仕事をしたいと思う反面、母の姿を見て、人の助けとなる医療の仕事をしたいと言う気持ちと両方があったのですが、やはり母からの影響力が強く、最終的に、歯科医院とは子供のころから矯正で馴染みも深く歯科衛生士の道を選びました。
 ところが、衛生士学校には入学したものの、すぐにテレビ業界の仕事をかじり、授業が終わってから、仕事に入っていたため、授業中は、寝てばかりで、ほとんど授業も聞いておらず、先生に毎日、頭を叩かれてばかりで、ここでも先生を困らす、悪い生徒でした。しかし、2年生になり、実習がはじまると、だんだん衛生士という仕事に楽しさを感じてきて、自覚もでてきました。

 私の小学校から、衛生士学校にいたるまでは、勉強嫌いで、決してまじめな生徒とはいえませんでした。しかし、親に甘えず、自立だけは、子供の頃からしていたと思います
そして、歯科衛生士になり、新人当時は、毎日が新しいことの発見で、学びながら成長できる楽しさを知り、とても新鮮な日々を送らせていただきました。
衛生士になって、初めて、勉強の楽しさも知りました。
 はじめは、数多くの失敗もありました。印象採取を失敗し、目の前で投げ捨てられたこと、怒鳴られたこともありました。しかし、院長に「俺がやるからもういい!」と怒鳴られても、負けず嫌いの私は、「私がやります!」とめげずにトライし続けている毎日でした。

−院長との信頼関係を作る上で努力されたことを教えて下さい。
10年間、院長先生とともに診療をしながら、ぶつかることもしばしばありました。

意見が対立しても、逃げずに、自分の考えをしっかり伝え、相手の意見もしっかり聞くことで、お互いが相手を理解できるのではないかと思っています。自分の気持ちに嘘をつかない!相手にも嘘はつかない!それが自分のモットーでもあり、自分にも相手にも、本気で立ち向かうようにしてきました。

しかし、チーフとして、院長先生の考えを理解し、それをスタッフに伝え、導いていかなければならない対場でありながら、なかなか院長先生の考えについていけない時期もありました。そんな中、「先ずは私が院長先生を理解しなければ、決してスタッフもひっぱっていくことができない」と思い、昨年は院長先生が参加しようとしていた、経営塾、9ステップ、メガイベント、に私も参加させていただきました。かなりの自己投資ではありましたが、院長先生と同じ経験、学びを共有し、院長先生の考えを私が理解し、スタッフを、院長先生と同じ方向に、ひっぱっていくことが大切なのではという思い、そして、自分は、チーフとして、患者、スタッフ、院長、すべての立場を理解しなければいけない立場でありながら、患者さんを思う気持ちが強すぎて、院長先生の立場、医院のマネジメントまで考える気持ちをもてていなかったので、チーフとしては、もう少し、ビジネス感覚も養いたいなという思いで、9ステップ、メガには参加いたしました。

もっと自分が医院の力になれればという思いで参加したのですが、結果的に、それだけでなく、自分にとっても、良い、学びとなりました。


経営塾では、リーダーとはどういうものかを学ばせていただきました。

今は、私だけでなく、医院のスタッフみんなに同じ、気づき、学びを与えることで、スタッフみんなが、リーダー意識をもっていただくような医院づくりに取り組んでいます。

ここ1〜2年、スタッフの仲間は、とてもがんばっています。周りのスピードも考えず、つい私は突っ走りすぎてしまい、周囲のスタッフは、こんなチーフについてくるのは、本当に大変だったと思うのですが、みんな、とってもがんばってついてきてくれました。

今は、昨年と、逆で、自分がみんなに引っ張られているくらいです。

今、私は、院長先生やスタッフの方々みんなに成長させていただいています。

今までは私自身がスタッフを成長させなければ、なんて思っていましたが、今になって、逆に、自分が周囲のスタッフから成長させていただいているのだな〜とつくづく感じ、スタッフのみなさんにとても感謝しています。

そして、院長先生にも、とても感謝しています。言いたいことを強く直に述べてしまう私を、心の広い院長先生は、こんな私を生意気と思わず、話を聞いてくださり、受け止めてくださっていることを、心より、感謝しています。

ヤガサキ歯科医院でお仕事させていただけることを、とても光栄に思っています。幸せです!!

15名のスタッフ、そして院長先生は、私の大切な家族です。みんな大好きです!!



ある1日のスケジュール

5:40

起床
(目覚めたら、ガラガラうがい♪をしにダッシュ!してから声をだす)
掃除、洗濯
シャワーを浴びる
音楽を聴きながらメイク♪
朝食(水&果物orコーヒー&パン)体調気分によってチェンジ


7:30

家を出る


7:35

出勤
器具準備・受付準備・花植木の手入れ(心が安らぎます)
一日の患者を把握しながら、行動目標をたてる♪
翌日のクリーニング担当患者の治療計画確認!


8:40

スタッフ研修


9:05

先生と患者さんのカンファレンス
スタッフと1日の流れの確認


9:15

朝礼開始


9:30

勤務開始(ここからがさらに本番♪)
担当患者さんのクリーニング


13:20

昼休み(昼休み?めいいっぱい有効につかいます!)
スタッフからの報告連絡相談 打ち合わせ
ミーティング
スタッフ個別面談
スタッフ研修


14:10

昼食(10分から15分くらいで急いで葉っぱをムシャムシャ食べてハミガキ!)
スタッフとミーティングしながら食べることも最近は多い


14:30

午後診療開始(午後も患者に全力尽くします!)
担当患者さんのクリーニング


19:30

1日のカルテチェック
1日の患者集計
リコールはがき書き
スタッフのレポート類のチェック
スタッフと1日の反省


20:20

スタッフ研修


21:50

退社


22:00

帰宅
夕食を食べながらメールチェック


23:00

深夜ランニング(遅くなっても走ります!)
気分がスッキリ!心もサッパリ!走ることで1日の疲れが吹き飛ばされます。お肌にもいいですよ〜おまわりさんいつも深夜にすみません^^;ペコ)


23:45

お風呂


24:30

歯科雑誌の原稿書き
プレゼンの資料作り


25:30

ストレッチしてから就寝








いつも持ち歩いているもの
ZOOM フルマラソンレース時の携帯待ち受け画面(これを見ると何でも頑張れます!)
市民救命士免許証(いざというとき人命救助できるように)
携帯用人口呼吸マスク